2011年9月5日月曜日

文字起こし 「ETV特集 ネットワークでつくる放射能汚染地図3 子どもたちを被ばくから守るために」 (前半)


事故直後から現地に入り、独自調査によって福島第1原発事故の放射能汚染の実態を解明した「ETV特集 ネットワークでつくる放射能汚染地図」(5月15日放送)の続編の第3弾です。
木村真三さん、岡野真治さんの新旧科学者コンビと、科学者のネットワーク、密着したNHKスタッフの取材によるドキュメンタリーです。
第一回の放送は、大反響をよび、日本ジャーナリスト会議(JCJ)大賞を受賞しました。


8月28日に放送された、「ネットワークでつくる  放射能汚染地図3  子どもたちを被ばくから守るために」の文字起こしを掲載します。


今回は、前半です。 後半は、こちら。
ネットワークでつくる放射能汚染地図3 後半


(過去の文字起こし NHK ETV特集
NHK ETV特集
文字起こし 「ETV特集 ネットワークでつくる放射能汚染地図 ~福島原発から2ヶ月~」
文字起こし 「ETV特集 続報 放射能汚染地図」


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【放射線測定・岡野眞治さん】


日本における放射線測定の第一人者、岡野眞治さんです。

スタッフ「おはようございます。」
岡野さん「おはようございます。」

岡野さんは、福島県に自ら開発した内部被曝(ひばく)の測定装置を持ち込みました。


【放射線衛生学・木村真三さん】

木村さん「お腹に当てて、こう、ちょっとこう、かがんでいただいて・・・」

一緒に測定するのは、木村真三さん。
放射線衛生学が専門です。
原発事故の直後から、現地で調査を続けてきた科学者達。

今回、二人が注目したのは、高濃度の汚染地域ではなく、原発から50キロ以上離れた、避難区域にも指定されていない地域です。

木村さんは、二本松市で、新たな汚染地図作りを始めました。

木村さん「こういう所、間違いなく”ホットスポット”だということですよね。」(線量計は、2.64マイクロシーベルト/毎時)

市と協力し、一軒一軒の住宅を廻って、放射線を測定します。

「0.51・・・」
「0.51ですね」
「うん・・・」

庭の土壌も調べます。
人の生活の場で調査を進め、被曝の実態を解明するためです。
今回も、詳しい分析には科学者達のネットワークが協力してくれました。

【長崎大学准教授・高辻俊宏さん】

土壌分析の結果、予想外に深刻な汚染が判明しました。


放射線の影響を受けやすい、赤ちゃんや子ども達。

「今日1日・・・」
「今日1日で、今の段階で、6(マイクロシーベルト)です。」
「朝から・・・」

 何も知らずに被曝していました。

「これが明日の朝になっていると・・・」
「だいたい、10・・・」
「10くらいになっていると・・・」
「はい」

全村避難となった飯舘村からのがれてきた人達もいます。
子供や孫が、どれだけ被曝したのかわからないまま、不安の中で暮らしています。

汚染地図作りから始まった科学者達の調査は、人の被曝実態を解明する、新たな段階に入りました。
子ども達を被曝から守るために、何が必要なのか、最新の取り組みの報告です。



ネットワークでつくる
放射能汚染地図3

子どもたちを被ばくから守るために



【キャスター・柳澤秀夫】

柳澤「ETV特集・ネットワークでつくる放射能汚染地図、3回目の今日は、原発事故による放射能汚染の人体への影響を、いったいどう防げばいいのかということを考えてまいります。
スタジオには、今回も、現地で調査報告を続けていらっしゃいます、木村真三さんと岡野眞治さんにおいで頂きました。」

【獨協医科大学国際疫学研究室・木村真三さん】
【元理化学研究所・岡野眞治さん】

柳澤「よろしくお願いいたします。」
木村「よろしくお願いします。」
柳澤「今回、二人が注目された地域ですけれども、まず、地図でご説明したいんですが、えー、原発からの距離は、50キロから60キロ離れた地域ということなんですけれども。
この地域の特徴を、木村さん、一言で言うと、どういう地域なんでしょうか」
木村「はい。距離は離れておりますが、実は、この地域というのは、非常に多くの人々が住んでいる地域でして・・・」
柳澤「この地域というのは、避難区域には指定されてはいないんですね。」
木村「そうなんですね。避難区域には指定されてないけれども、多くの方々が住んでおり・・・」
柳澤「ええ」
木村「その中には線量がまばらに存在している。さらにその線量・・・」
柳澤「線量がまばらにというのは、高い地域があるということですか」
木村「はい。そうなんです。で、ホットスポット的な部分が、いくつか確認されている地域です。」
柳澤「この中に、点在していることですね。」
木村「はい」
柳澤「我々、一般的に言っているホットスポットというものが点在していると」
木村「はい。そうです。」


柳澤「これは、岡野さん、ホットスポットが点在している地域なんですが、岡野先生は、どういう風に、この地域をごらんになっていますか」
岡野「この前、アメリカの飛行機に乗って測った、あるエリアの放射能の地図を作っているわけで・・・」
柳澤「ええ、空から測定して、出てきた結果を元にしている」
岡野「だから、あの、ホットエリアと言わなければならない。要するに、放射能の強いところ
の、ある地域を表しているわけですね。」
柳澤「広がりがあるということですね。」
岡野「地域をあらわしているわけで、その中に、局部的に強いところの地域があるのを、ホットスポットと呼ぶべきなんですね。」
柳澤「ということは、ホットスポットという考え方だけではなくて、ホットエリアという広がりのもった地域で考えないと、放射線の実態というのは、的確には、わからないということなんですね。」
岡野「はい」


柳澤「なるほど。木村さん、この地域で、具体的にどういう調査をしたんですか。今回は」
木村「はい。この地域では、いままでの調査では広範囲の汚染地図を作ってきましたが、より詳細な地図を作っていくことを主眼をおきました。」
柳澤「汚染地図の詳細なものを作るといことを。はい。」
木村「さらに、その地域での線量、高線量地域等を、あるか否か、ということをみていく・・・」
柳澤「ええ」
木村「その中で、被曝というものをみていく。その被曝自身に対しても、外部被曝と内部被曝と」
柳澤「ええ、では、パターンで説明していただきましょう」
木村「はい。で、外部被曝というものは、実際に外から入ってくる・・・」
柳澤「放射性物質が外にあって影響を受けるもの」
木村「そうです。そして内部(被曝)というものは、呼吸によって内部に取り込まれたり、食事によって放射性物質が体の中に取り込まれたものが、体内に一時的にとどまっている。
そこで発生する放射線によって被曝するもの、というような。
その2つを合わせた形で、線量評価をして、人体影響が、どうあるかということを調べていくが、メインです。」


柳澤「なるほど、で、そのために今回も岡野さんが作られた測定装置が活躍したということなんで、お持ち頂きました。そちらですね。」
岡村「ええ」
柳澤「これは、どういうふうに使ったんですか?」
岡村「これは放射線の測る検出器が、ここにありまして・・・」
柳澤「頭の部分ですね。」
岡村「これをですね、もちろん環境でも測りますが・・・」
柳澤「ちょっと、木村さんでやってみてください。」
木村「はい。」
岡村「人間にある放射性物質から出てくる放射線がわかるわけですね・・・」
柳澤「お腹にところにあてるんですね。」
木村「はい。」
岡村「放射線の強さが、これでもって下のバーグラフで出て来ますけど。その他に、どうゆう放射性物質があるかということが、上のグラフでもって、同時にわかるということ・・・」
柳澤「今、一番問題になっている、セシウム134とかセシウム137はどの辺でしょう」
岡村「出てますね」
柳澤「この辺ですか」
岡村「その上」
柳澤「これ?」
岡村「それそれ」
柳澤「これですか」
岡村「でてますね」
柳澤「でてますよ」
木村「かなり高いですね。はい。」
柳澤「現地の方にいってますし」
木村「そうですね」
岡村「これは1分おきに次の映像が出てますけど、そういうことがわかるということです。」


柳澤「この装置のメリットをいくつか上げるとすると、まず・・・」
岡村「ひとつは、人間の体の内部被曝を測るのに非常に大げさな道具がいるわけですけど、これは本当に簡単な、どこにでも持ち歩ける・・・」
柳澤「これは、ホールボディカウンタと呼ばれているものの簡易型という・・・」
岡村「簡易型というか」
柳澤「あれ大きいですよね。これだと、どこへでも持っていけると・・・」
岡村「ええ。それと、これはですね、チェルノブイリでですね、子供さんや女の人が、これを使って内部被曝を測定したという実績があるわけですね。」
柳澤「ああ、過去に実績があると」
岡村「しかも、映像の中に放射線の強さと放射線の種類が同時にこういう風に、映像の中に取り込まれるということで、みても、私は放射線があるとか無いとか、どういうものがあるかということが、すぐにわかるという・・・」
柳澤「今、木村さんご自身の、これで中の状態がどうなっているか見れているということですね。」
木村「そうですね。初めて、この福島の事故後見てますから、かなり被曝しているんだなと」
柳澤「木村さん自身初めてなんですか」
木村「初めてです。チェルノブイリで1回測ってるんですが、その時、ゼロだったんで・・・」
柳澤「現地に何度も行かれてますもんね」
木村「はい。今回やったのでここまで出たのは、すごくショックなことですね。」
柳澤「この辺でしたよね。」
木村「はい」


柳澤「福島にお住まいの方で、特に高い線量、放射線の観測している地域に住んでいる方はホールボディカウンタの調査、検査を受けたいと思っても、なかなか台数も十分でないから、かなわないということなんですけども・・・
とりわけ、その地域にお住まいの方でも、子供さんをお持ちの方。いったいどういう風に、子ども達に放射線が影響しているか、それを心配されている方が沢山いらっしゃいます。
そういう方々を、まず取材いたしました。」



【福島市】

およそ30万人が暮らす福島市。
放射線の子供への影響を心配する親達が活動を続けてきました。
校庭の土壌汚染に端を発した関心は、食品などを通した内部被曝の問題に拡大していました。
この日は、食品の放射能汚染をテーマにしたワークショップがありました。
市民が様々な野菜などを持ち寄りました。
測定器を使って、自分たちで汚染の有無を確かめようというのです。

【佐藤健太さん(29)】

この会場で、全村避難となった飯舘村の若者に出会いました。
佐藤健太さんです。

「こんだけも(原発から)離れた所でも、いっぱい出ているわけですよ。
福島市でも出ているし・・・
まさに今、飯舘のみんなが避難している場所ですよ。」

測定結果は、佐藤さんにとって意外なものでした。
飯舘村より汚染の低い地域でも、国の基準値以下ですが放射能が検出されたのです。

汚染が高い村にいたことで、どれだけの放射能を体内に取り込んでしまったのか。
佐藤さんは内部被曝の不安を感じていました。
「心配ですね。外部被ばくはある程度数字が出てるんで、自分で見当がつくんですけど・・・
内部被ばくはね、本当にどうなるのか、まだ全然未知数なので・・・」

佐藤さんが、何より心配していたのは村の子ども達の行く末です。
佐藤さんは、村の商工会青年部の行事などで、たくさんの子ども達と接してきました。

佐藤「これは沖縄に行ったときの。これは村の授業ですね。スタッフで・・・」
スタッフ「この子たちはどうしてるんだろうね」
佐藤「今は健康被害が一番心配ですね。放射能の影響を受けやすいというのが、やっぱり、一番大きいかなと思いますね。」
スタッフ「うん」
佐藤「やっぱり、みんな何の罪もないわけですよ。何も悪いことしているわけでもないのに、病気になってしまうという原因を、リスクを背負わされるというのは、すごく悲しいなと思って・・・
その時、どのくらい、その子は体に受けたのかっていうのが、う~ん、わかんないと・・・
そのうち、それが細胞の傷になってて、病気になるというも考えられるので・・・
でも、本当に少しのデータでもいいから残ってれば・・・」

佐藤さんは、事故直後から子ども達のために活動してきました。
この日は、仲間と共に、飯舘村の村長を訪ねました。

佐藤さんは、村に提案を持ちかけました。
子ども達の事故後の行動の記録しておく、専用の手帳を作成しようというのです。

毎日、どこで何をし、どんなものを食べてきたのか、手帳は被曝の量を過去にさかのぼって推定する際に不可欠な記録になります。


【飯舘村村長・管野典雄さん】

「子供のことをどういうふうにするかなということ、こういった手帳を作ろう・・・
中身がわからないでいたんだけど、こうやってひとつの例を見せてもらえば
是非に、これを参考にさせて頂いて、それで、考えていければいいなあと思います・・・」
「本当にありがとうございます。助かりました。はい。」

村と協力し、手帳を作ることが決まりました。

佐藤さんは、住民の記憶が鮮明なうちに配布にこぎつけたいと考えていました。

「早く進んでくれればいいですけどね。あとはスピードの問題で、どのくらい早く詰められるかですよね。」



5月下旬。
佐藤さんに思っても見ない機会が訪れました。
不安を感じていた内部被曝の検査を、専門の研究機関で受けられることになったのです。
一緒に受けることになった仲間と共に、千葉県の研究機関に向かいます。

この頃、内部被曝の検査を受けた村の住民は、ほとんどいませんでした。
二人はいち早く検査を受け、その結果をみんなに知らせたいと考えていました。

【愛沢卓見さん(39)】

愛沢さん「事実をはっきりさせたいという話はありますね」
佐藤さん「知らないで不安でいるんだったら、知っていて次の対処方法を考える・・・手段になるのかなって・・・
被ばく者とか言われたら、正直ショックかもしれないけど、実際にそうなってしまったら、どうしょうもないので。
仕方ないことだと思うので・・・
僕だけじゃないと、みんなそうなんだと、ということで、団結できることにもなるし。
こういう状況だったことを知ってもらえれば、みんなに理解してもらえると思う。」
愛沢さん「さらに子ども達に話になると、20年後に発病になって、やっぱりこれがまずかった。
やっぱり原発の時だったとなって、それから動き始めたら40年コースで。
そしたら、もう、そうなると、俺らが・・・
今、大人の俺たちが、何も責任をとれなくなっちゃうんで。
今、大人なのでやるしかないかなと・・・」

佐藤さん「あ、ここが・・・医療研究所でーす。
独立行政法人かぁ。
はい。あぁ。」

【独立行政法人・放射線医学総合研究所】

二人は、ここでホールボディカウンターを使った検査を受けました。
検査では、人体で蓄積された放射性物質の種類や量などが詳しく調べられます。

2時間後、検査を終えた二人と合流しました。

スタッフ「どうも、お疲れさまでした。」
愛沢さん「どうも、お世話様でした。」

愛沢さん「え~と、データはいただけませんでした。」
スタッフ「いただけない」
愛沢さん「全然。安全ですよという話だけ」
スタッフ「口頭で」
愛沢さん「うん。口頭でね」
佐藤さん「自分の中に、どのくらいの数値が入っているのかが知りたくて行ったわけですが、そのデータが教えてもらえない。」
スタッフ「うん」
佐藤さん「大丈夫ですと言われるだけで」
スタッフ「判断だけ聞かされた」
佐藤さん「そう、そう、そう、そう」
スタッフ「その根拠は」
佐藤さん「その根拠は、わからないです。」
スタッフ「聞かされていない。」
佐藤さん「こういう数字で、こういう数字が基準値だからそれ以下だから大丈夫ですよと言うんじゃなくて、もう、大丈夫ですよとだけ言われた。」
愛沢さん「基準値を言われてないですから、基準値以下と言われても、基準値もわかんない。」
佐藤さん「何で自分のことを、分ることが出来ないのと。
せっかく測る機会があって、測ってもらったのに、自分の体の状況がどういう状況なのかってことが、教えてもらえないって、おかしいですよね。」

愛沢さん「いや~、がっかりだよ」
佐藤さん「モルモットですよ。単なる・・・」

(この時の検査に関するNHKの取材に対し、放射線医学総合研究所は、年間1mSv以下という基準値を伝えて説明したと回答している。)



【管野啓一さん(56)】

スタッフ「ああ、今日はおじゃまします。どうも。」
菅野啓一さん「どうも」

7月。飯舘村の避難は本格化し、住民は大半は村を離れました。

女の子「こんにちは」
スタッフ「こんにちは」
妻・忠子さん「こんにちは」
啓一さん「こんにちは」
(略)
スタッフ「どこ行ってきたんですか」
啓一さん「うん。(略)」


事故以前、飯舘村で花の栽培や畜産をしていた、専業農家の管野啓一さんです。

菅野さんは農地を残し、福島市のアパートで避難生活をおくっていました。
アパートの6坪の庭で、菅野さんは花や野菜を育てていました。

忠子さん「トルコキキョウは心残りで、植えてはみたんだけど・・・
全然違うな、やっぱり。」

事故以前、菅野さんは年間およそ6万本のトルコキキョウを栽培していました。

啓一さん「これはね、紫のやえの花だな。あと白も、白のやえの花も。
本来は、これが本業なんだ。これが本業なんだ。
むずかしいな。」

菅野さんが暮らしていた集落は、飯舘村の中でも特に深刻な汚染にさらされました。
3月下旬の調査では、自宅の牧草地で高い値が計測されていました。

啓一さん「草から出たのは、ヨウ素が15万8千ベクレル。
セシウムが・・・セシウム134ってやつが、5万4千7百なんだよ。
これ、ウチんだ。ウチの牧草だ。」


【妻・管野忠子さん】

忠子さん「この前、何日前だ・・・家の周り草刈りにいってきたんですよ、二人で。
ほん時に、本当につくづく感じましたね。
家の周りの・・・
涙出てきちゃった。
草刈ってみて、すごいことが起きたんだなぁって、本当、つくづく感じました。
・・・もう・・・もう戻れないのかなって・・・」


菅野さんのアパートには、同じ飯舘村で暮らしていた次女の家族も移っていました。
避難先に落ち着いた今、菅野さんは、既に浴びてしまった放射線が孫達に影響を与えるのではないか不安を感じています。

孫達は、事故直後の数日間、とりわけ汚染が強かった菅野さんの家に寝泊まりしていたのです。

啓一さん「このチビらは、あのー、うち(菅野さんの自宅)に、ずーっといたたいですね。
オール電化なもんだから、地震があって、電気が全部停電になってな。
で、あの、暮らしていくにも、当然、炊事もできないし、それで、一旦来ちゃった。
その時には、うちの中で、6.6(マイクロシーベルト)・・・6くらいあったのかな。
それが全然わからなくて、たまたま測っていただいたら、そのくらいあったと。」

忠子さん「高い方へ来ちゃった。
一番ひどい部落の方に来ちゃたってわけ。」


【次女・新谷優子さん】

優子さん「今時点でどれくらい内部被ばくしているかという数字がわかれば、なんとなく、安心じゃないですけど、気持ち的に違うんで・・・
わからないですからね。
こうやっていても・・・」


【新谷亜海さん(11)】

小学6年生になる菅野さんの孫、亜海さん。
亜海さんは、避難後も飯舘村の隣町に村が開いた小学校に通っています。

「お帰り」

この日、学校からあるものを受け取り帰宅しました。

事故後の行動を記録するという、あの手帳が完成し、子ども達に配布されたのです。

啓一さん「何を・・・何時頃何をやってたかという証明書です。」
亜海さん「なんか、これは、やるのは自由だけど、みんなの将来がかかっているからって、先生言ってたよ。」
啓一さん「そうそうそう。あの時ば、そういえば、外にいたなーとか。そういうことなんだ。」
亜海さん「ふ~ん」
啓一さん「記憶を呼び戻すね。書いてしまおう。」
亜海さん「ここから、どこいったんだろ?」
啓一さん「今度は戻ったんだ、ウチに。」

亜海さん「うん」
啓一さん「電気ついたから」
亜海さん「それで」
啓一さん「16からか」
亜海さん「から、ばあちゃんちきた。」

3が月以上も前の行動を思い出すのは容易ではありません。

亜海さん「覚えてない。連絡帳みればいいんじゃない。
22・・・22かな?
よし。で、ここから、ずっと学校学校学校学校学校学校学校・・・」


亜海さんは、大人の記憶やノートを頼りに、少しずつ記録を埋めていきました。


【二本松市】

福島県二本松市。
7月下旬。
岡野眞治さんと木村真三さんの研究チームが、この町を訪れました。
目的は住民の内部被曝の調査です。
被曝実態がわからず不安だという声に応えるため、二本松市を中心に、住民およそ60人を調べました。

「いや、あいかわらずです。」
木村さん「あいかわらず、あいかわらず・・・」

木村さん「おっ」
「すごい」
木村さん「スゴイなあ」

飯舘村から避難した人達も参加しました。

木村さん「5,6,7,8,9,10。はい、終わりー。はい、おりこうさんでーす。」

木村さん「抱え込むように」

菅野さんの孫達は内部被曝の検査を受けるのは、これが初めてです。

岡野さん「このあたり・・・」
木村さん「はい。このあたり、このあたりですよね。はい。」
 岡野さん「このあたりね。」
木村さん「はい。はい。」

検査の結果、微量ながら体内から放射性物質のセシウム134とセシウム137が見つかりました。

木村さん「すこーし出てるね。やっぱり、セシウムが・・・。ただ、今、この出ている量っていうのは、すごく高いかというと、そうではなくて・・・
やっぱり、お腹の中には、セシウムが、放射性セシウムっていうのが入っているけれども、体の中で、じゃあ、悪さをするかというと、それほど悪さをするレベルではない。」
亜海さん「(うなずく)」
木村さん「うん」


データを知りたがっていた、佐藤さんも、改めて検査を受けました。

木村さん「ベットタイプでしたか」
佐藤さん「寝るタイプので」
木村さん「寝るタイプので。
さっき聞いてらっしゃったように。そうです、そうです。はい。」

木村さん「セシウム出ているのはこのあたり。この、この付近から。」
佐藤さん「うん」
木村さん「結構、出ていますね。」
佐藤さん「気をつけていたんですが、残念ですね・・・」

佐藤さん「3月20日から4月いっぱいぐらいは、ずっと家で仕事してたんで・・・」
木村さん「それは飯舘の・・・」
佐藤さん「飯舘の工場で。自分の家の工場で・・・」
木村さん「そうですか」
佐藤さん「おもてで・・・」
木村さん「そうですか。おもてで」
佐藤さん「おもてで、砂ぼこりが舞う中。マスクは一応、業務用の・・・」
木村さん「はいはい」
佐藤さん「ちゃんと防塵用のマスクをしてたんですけど・・・」
木村さん「はいはい。元々」
佐藤さん「元々、ほこりが立つ仕事なもんですから」
木村さん「はいはいはい。う~ん。でも、やっぱり心配なのは変わりないですよね。」
佐藤さん「そうですね。う~ん」


柳澤解説員「う~ん。まあ、VTRご覧ん頂いてですね、内部被曝の調査。
それと同時にVTRの冒頭のほうで、行動記録をとっておくということを紹介されていたのですけど・・・
行動記録をとっておくということは、やはり重要なことなんですか」
木村「ものすごく重要です。
それは、まず記憶が薄れないうちに、きちんとした行動調査をおこなう。
それは、どのくらいの時間外に滞在したか、どのくらいの時間屋内に待避していたか、というようなことがわかれば、外部被曝線量を推定するには、非常に役立つことなんです。」
柳澤「う~ん。それも時間をおうごとに記憶が薄れていきますから、出来るだけ、まだ記憶が残っているうちに、とどめておくことが重要だと」
木村「そうなんですよ。はい。」


柳澤「それと、内部被曝の調査なんですけども、」
木村「はい」
柳澤「これについては、どういう形で、今回、あの、検査受けた方にですね、説明されたんですか」
木村「はい。今回の場合は、きちんと皆さん、ああいうふうに画面で見ていただいたような、納得いくような言葉による解説をしたうえで、さらに、このように紙面でもって」
柳澤「文書で」
木村「はい。文書で」
柳澤「お一人お一人にこれを」
木村「はい。あなたはどのくらいの被曝をしておりましたと。それについては、どのくらいの被曝の状況であって、それは人体に影響があるかどうかということを、きちんとお伝えできるような形にしました。」


柳澤「それで、岡野さん。その結果なんですけど、どういうことが、今回、わかったんですか」
岡野「今度はね、測定器はああいうふうな放射線の種類がわかるような測定器ですから、明らかに、セシウムであるということがわかって、セシウムであることをちゃんと計算上ひろいだして、その線量を決めているわけですね。
従って、数字は、セシウムの線量がどのくらいあるかということがわかるわけですよ。
その結果としてはですね 、普通年間1ミリシーベルトといってますけど、その10分の1以下がほとんどで、少し10分の1のくらいの人が2,3人あるくらいで、ほとんど問題にないわけです。」
柳澤「心配する数字では、なかったと」
岡野「なかったですね」
柳澤「ということですね。ただ、この内部被曝というのは非常にわかりにくい部分も多いというふうに聞いているんですけど、木村さん」
岡野「いや」
木村「はい」
岡野「内部被曝は測定器で測ればわかるわけですからね。」
柳澤「はい」
岡野「外部被曝は過去の分は、それこそ、記録でもってみるのが、唯一の、現在はそれだけですから」
柳澤「なるほど」
岡野「それで、先程の記録が大事であると」


柳澤「なるほど。で、あの、内部被曝なんですけど・・・」
木村「はい。この内部被曝の場合ではですと。ここでみられているのが、この103日目」
柳澤「103日というのは」
木村「この103日というのは測定した日」
柳澤「事故が発生してから数えて103日目ということですね。かなり時間がたっていますね。」
木村「それ以降の体内からの排泄量を見込んで、どのくらい生体に影響が及んだかというのを、積算した値の総被曝線量というのが、ここで見積もれられる」
柳澤「今回の調査、検査でわかったのは103日以降の部分については、わかったと」
木村「そうなんですけど」
柳澤「前というのはどうなんですか」
木村「前というのは、これが実際に、もしかしたら、この、たとえば、事故当初に大量に摂取したものあるか」
柳澤「いちどきに取り込んだものなのか」
木村「そう。または、それが、ある時期、こう均等にこういうふうな形で取り込んできたのかということですね。あることによってですね、全然、被曝線量の推定値が変わってくるわけです。」
柳澤「う~ん」
木村「そういうことを、問題視している研究者もいるわけです。」


柳澤「う~ん。岡野さん、こういう、さかのぼったとこでいいますと、ヨウ素131という放射性物質。あの場合には、半減期が8日で、最近、計測もされてないということになると、これについては、もうわからないということになっちゃいますね。」
岡野「そう、みんな・・・現在は、ヨウ素は消えてなくなってますから、8日ですから、ほとんどなくなっているわけだから、現在は、ヨウ素を測るわけにはいかない」
柳澤「今の現在では、どうしょうもないと」
岡野「ただ、事故の後のね1週間か2週間の間のデータは・・。ヨウ素というのは、割に測りやすいものなんですね。甲状腺というのは、割に子どもでも、数グラムくらいですから、そのそばに測定器をもっていくと、どのくらいにはいっているかは、かなりよくわかります。」
柳澤「ヨウ素というのは、チェルノブイリの原発事故のときのですね、子どもの甲状腺への影響、特に甲状腺ガンということで問題になったものですよね。
これについてはですね、政府がですね、事故発生から2週間以上経った3月末の時点なんですけども、飯舘といわき等で、千人の子ども達を対象に、甲状腺を調査したというものがあるんですね。
それによると、健康に影響が出る値ではなかったということを、一応は言っているんですけども、これはどういうふうに受けとめればいいと思います。木村さん」
木村「これも、先程のセシウムと一緒で、その取り込みの仕方が異なることによって、被曝線量推計というが、その3月の末の時点から事故があった時点までさかのぼるという、その推計が難しくなっているわけですね。」
柳澤「その推計というのは、そう簡単に出来るもんじゃないんでしょう。」
木村「はい。それは様々な、それまでに採られてきたデータを解析した上で、その中で、得られた情報から、どういうふうな事故の状況であって、それが、いちどきに被ばくをしたのか、それを均等に徐々に被ばくしていったのかといったことが、明らかになってから、初めて・・・」
柳澤「初めて、被ばくの実態がわかってくるということねすね」
木村「そうですね」


柳澤「木村さん。それと同時にですね、検査で得られた数字、数値をですね。当事者である住民に方に、どう伝えるのかと。何がわかって、何がわかっていないかということを、丁寧に説明していくことが大切だと思うんですけどね。」
木村「その通りですね。住民の方が満足するような形というのが、やはり一番、当事者にとっては重要になってくると思います。先程の、放医研(放射線医学総合研究所)さんの話でも、今現在では、データを、きちんと開示されていると伺っております。
しかしながら、やはり、住民の方々が望まれるような形というのが、正しい説明、また、彼ら一人一人に対して受け答えが出来るような対応、ケアをしていって、皆さんが納得していくことっていうのが、一番重要になってくると思っております。」
柳澤「住民の方の立場に立って、住民の方が納得できるような形で説明していかないと、やっぱり、重要なポイントというのが伝わっていかないということなんですかね。」
木村「そうです。だからこそ、私が、今ずっと、こういう調査をしていくときに、基本スタンスとしてやっていることが、その基本概念として、皆さんが納得していただくという、それに、きちんと受け答えが出来るというような形で臨んでおります。」
柳澤「そうでなければ、不安は解消されないということなんですよね。」
木村「はい。」


柳澤「ということで、もう一度、今回の調査対象地域になっている地域をですね、地図で確認していきましょう。
こちらです。
原発から50キロから60キロ離れた、この地域が対象なんですけども、この地域の中、あちこち放射線の線量の高い地域もあって、特に、子どもさんをお持ちのところでは、不安が募っています。
なかにはですね、自主避難をしている方もいらっしゃることなんですが、国、あるいは、県の対応というのは、なかなか、そういった実態に即した対応が出来ていないというのが、現実です。
そういった中で、自治体の中では、すでに、独自の取り組みを始めているところがあります。
そのひとつが、こちら二本松市です。
こちらでは、木村さんがアドバイズをしながら、新たな取り組みをしているということです。
その様子をVTRで、まず、ご覧下さい。」



【二本松市】

人口6万人の二本松市。
市は、事故直後から、市内20ヵ所以上で独自に放射線のモニタリングをしてきました。
その後、住民からは、さらに詳細な調査を求める声が、市に寄せられるようになりました。
市は、市内全域の放射能汚染地図を作成することを決め、木村さんに協力を求めました。

木村さん「この道は、僕、4月、3月で走っているんですよ。もう。」
市職員「あー、はい」
木村さん「で、低いことは確認しているんですよ。持っているんですよ、データを」
市職員「ああ。そうなんですか」
木村さん「はい」

市の全域を、2種類のマス目に区切ります。
住宅密集地は500メートル四方、それ以外は1キロ四方にわけて、調査します。


木村さん「今回のような、この、市の汚染マップのようになると、もっと細部にわたる調査になってくると思うんですよね。
だから、意味合いとしては、さらに、より精細な汚染地図を作るというようなことになりますね。」

木村さんは、市の職員と共に、まず、住宅地に向かいました。
放射線の人に対するリスクを知るには、より身近な環境で計測する必要があります。
500メートル四方あたり、1件の住宅を選んで、家の中と外を測ります。

木村さん「0.51」
市職員「31、51」
木村さん「51」
市職員「51ですね」
木村さん「うん」

測った数値は、その場で、直接、住民に伝えます。

木村さん「またよろしくお願いします。」
住民「どうも、よろしくお願いします。」
木村さん「はい。失礼いたします。」
住民「測ってもらって、ちょっとは安心できました。」
木村さん「はい。どうもすみません。お騒わがわせしました。じゃあね。 バイバイ」
子ども「バイバイ」

測る場所は、慎重に選びます。

木村さん「後は、庭先でしか測るしかないよ」
市職員「庭先で測ったほうがよろしいですか」
木村さん「そうよ、庭は子どもとか、みなさん生活するでしょう。だから、逆に、こういうところで測るわけよ」

住民が日常的にすごす場所で、事故後、土を掘り返すなどしていないところを選ぶ必要があります。汚染の状況を、正確に把握するためです。

「1.93」
「1.93」
「2.86」

市の南西部。
阿武隈川沿いの住宅地です。
ここに空間線量の高い場所が見つかりました。

「うわ、2.56マイクロ(シーベルト/毎時)あるますもんね。
まあ、こういうところ間違いなく、ホットスポットだということですよね。」

チェルノブイリでの経験から、木村さんは、空間線量が毎時2マイクロシーベルトを越えると、移住が検討されるレベルだと考えます。
風の通り道となる、この場所で、雨が降り、放射能が溜まったのではないかと推測しました。

市職員「そこなんですけども」

川沿いの家には、妊娠中の住民が住んでいました。
何も知らずに、ここで生活していました。
木村さんは、この家の庭で、土壌を採らせてもらうことにしました。
高い空間線量の原因は、降ってきた放射性物質が土壌に沈着し、とどまっている為と考えられます。
深さ30センチまでの土を採り、その中に含まれる放射性物質の種類と量を調べます。
検出された放射性物質は 4種類。
そのうち、半減期が約2年のセシウム134と、30年のセシウム137が合計で、1平方メートルあたり108万ベクレルという結果が出ました。
これは、チェルノブイリでは、移住が義務づけされる地域の汚染に相当します。

調査は、測定箇所472地点。のべ88人かけて、4日間かけて行われました。

完成した、二本松市の放射能汚染地図です。
毎時0.5マイクロシーベルトまでが紫色、1マイクロシーベルトまでが薄紫、水色から緑、黄色へと空間線量が高くなっていきます。
黄色で示された、毎時2マイクロシーベルトの地域は、東側の山林と南側の住宅地に点在しています。
線量の高いエリアが広がっていたのは、阿武隈川沿いの南杉田地区でした。



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前半は、ここまて。 以後、後半に続く。


二本松市の放射能汚染地図が完成。
高い放射線量の南杉田地区。
そこには、妊娠中の家族が。
子ども達にを守るためには、岡野さんと木村さんと二本松市はどうするのか。
”ネットワークでつくる放射能汚染地図3”後半は、南杉田地区の汚染に木村さんが取り組みます。


今回は、前半です。 後半は、こちら。
ネットワークでつくる放射能汚染地図3 後半


(過去の文字起こし NHK ETV特集
NHK ETV特集
文字起こし 「ETV特集 ネットワークでつくる放射能汚染地図 ~福島原発から2ヶ月~」
文字起こし 「ETV特集 続報 放射能汚染地図」



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